質問:もし、日本で米が無くなったら、どうなる?
現代日本人の主食であるお米。もしこのお米が突然なくなってしまったら、私たちの国はどのような運命を辿るのでしょうか。この重大な問題について、異なる時代と文化圏から選ばれた3人のレジェンドに知恵を借りてみましょう。戦国の軍師・諸葛亮、経済学の父・アダム・スミス、そして社会変革の理論家・カール・マルクス。それぞれの視点から見えてくる日本の未来とは一体何でしょうか。
諸葛亮の回答:戦略的対応と国家運営の知恵

「ほう、お米がなくなるとな。これは実に興味深い仮定でございますな。」
私が三国時代を生きた経験から申し上げれば、食糧不足は国家存亡の危機そのものでございます。かつて蜀の国で度重なる北伐を行った際、最も頭を悩ませたのは兵糧の確保でした。「兵馬未だ動かざるに、糧草先ず行く」という言葉があるように、食糧こそが全ての基盤なのです。
お米がなくなった日本は、まず代替食糧の確保に全力を注がねばなりません。小麦、そば、いも類への転換を国家規模で推進し、同時に海外からの食糧輸入ルートを多角化することが急務でございましょう。しかし、ここで重要なのは国民の心理的動揺を最小限に抑えることです。
私が提案する対策は三段階でございます。第一に緊急食糧確保、第二に代替作物への農地転換、第三に食文化の段階的変革です。特に食文化の変革については、急激な変化は国民の反発を招きます。徐々にパン食や麺類を主食として定着させ、新たな「日本の味」を創造していくのです。
「天の時、地の利、人の和」この三つが揃えば、お米なき日本も必ず復活の道を見出せるでございましょう。
アダム・スミスの回答:経済的影響と市場原理



「これは実に興味深い経済学的問題ですね。お米の消失が日本経済に与える影響を考察してみましょう。」
まず申し上げたいのは、「見えざる手」の働きにより、市場は必ず新たな均衡点を見つけ出すということです。お米の供給が完全に停止すれば、代替食品の需要が急激に増加し、それに応じて価格メカニズムが働きます。
経済的な観点から見ますと、短期的には深刻なインフレーションが発生するでしょう。小麦、とうもろこし、じゃがいもなどの代替食品の価格が急騰し、家計支出に占める食費の割合が大幅に増加します。これにより消費者の実質所得は減少し、内需の縮小を招くでしょう。
しかし、長期的には分業と特化の原理が働きます。日本は製造業や技術開発に特化し、食糧は海外から輸入する国際分業体制がより鮮明になるでしょう。これは決して悪いことではありません。各国が比較優位を活かした生産に特化することで、全体の効率性は向上するのです。
また、農業従事者は他の産業へと労働力を移転させることになります。この過程で一時的な失業は発生しますが、市場メカニズムが適切に機能すれば、より生産性の高い分野への労働力再配分が実現されるでしょう。
「国富論」で述べた通り、人間の利己心が結果的に社会全体の利益をもたらすのです。お米なき日本も、必ずや新たな繁栄の道を見出すことでしょう。
カール・マルクスの回答:社会構造の変革と階級問題



「お米の消失だと?これは資本主義社会の根本的矛盾が露呈する瞬間である!」
諸君、この問題を単なる食糧不足として捉えてはならない。お米がなくなることで明らかになるのは、資本主義的生産様式の脆弱性そのものなのだ。
まず起こるのは、食糧を巡る激しい階級闘争である。資本家階級は豊富な資金力で代替食品を独占し、労働者階級は食糧不足に苦しむことになるだろう。これこそが資本主義の本質的な不平等なのだ。
しかし、この危機は同時に革命的変革の契機ともなりうる。生産手段の社会化が急速に進むであろう。食糧生産から流通まで、すべてを社会全体で管理する必要性が明らかになるからだ。私有財産制度は食糧危機の前では無力であり、集団的所有による計画経済こそが真の解決策となる。
労働者たちよ、この機会を捉えよ!食糧危機を通じて、真の社会主義社会を建設するのだ。農業の機械化と科学的管理により、お米に代わる食糧を効率的に生産し、全人民に平等に分配する社会を実現するのである。
「万国の労働者よ、団結せよ!」お米なき社会は、真の平等社会実現への第一歩となるのだ。食糧を私有する者が権力を握るのではなく、全人民が協力して食糧を生産し分配する、それこそが人類の進歩なのである。
まとめ
三人のレジェンドが示してくれたように、お米の消失は単なる食糧問題を超えた、国家運営、経済システム、社会構造すべてに関わる根本的課題です。戦略的思考、市場原理、社会変革という異なるアプローチがありますが、共通するのは「変化への適応力」の重要性です。私たちは今から多様な選択肢を準備し、柔軟な思考を身につけておくべきでしょう。