質問:今、日本において消費税率は引き下げるべきか?
物価高騰と実質賃金の低下に苦しむ現在の日本で、消費税率の引き下げを求める声が高まっています。一方で財政健全化を重視する立場からは慎重論も根強く、政策論争は激化する一方です。この複雑な経済問題について、歴史上の経済思想家たちはどのような判断を下すのでしょうか。
今回は、有効需要理論で現代経済学の基礎を築いたケインズ、市場メカニズムと税制の関係を論じたアダム・スミス、そして日本の実業界で公益と私益のバランスを追求した渋沢栄一の3人の視点から、消費税引き下げ論争に決着をつけてもらいました。
ケインズの回答:「有効需要不足」時代には積極的な減税を

私は1930年代の大恐慌時代に、それまでの古典派経済学に対して根本的な疑問を投げかけた。現在の日本の状況は、まさに私が分析した「流動性の罠」と「有効需要の不足」が同時に起こっている典型例である。
第一に、現在の日本は明らかに「需要不足」の状態にある。実質賃金は長期間にわたって低迷し、消費者の購買力は著しく低下している。このような状況では、消費税という「逆進性の強い税制」こそが経済成長の最大の阻害要因となっているのだ。
私の理論でいえば、消費税の引き下げは「乗数効果」を通じて経済全体に波及する。消費税を下げることで消費者の可処分所得が増加し、それが消費の拡大、企業収益の改善、雇用の創出、さらなる消費拡大という好循環を生み出すのである。
第二に、「パラドックス・オブ・セービング(貯蓄のパラドックス)」の観点から見ても、現在の日本には積極的な財政出動が必要だ。政府が財政健全化のために緊縮財政を続ければ、かえって税収が減少し、財政状況は悪化する。これは私が「非合理的」と批判し続けてきた古典派の誤謬である。
私が提唱する政策は明確だ。まず消費税を8%まで引き下げ、同時に公共投資を拡大する。短期的には財政赤字が拡大するかもしれないが、経済成長によって中長期的には税収増加が期待できる。私の「アニマル・スピリット」理論でいえば、政府が明確な成長意志を示すことで、民間の投資意欲も喚起されるのだ。
「長期的には我々は皆死んでいる。今こそ果断な減税で日本経済のデフレ脱却を図るべきなのだ」
アダム・スミスの回答:「見えざる手」が働く税制への転換を



私は『国富論』において、税制の原則として「公平性」「確実性」「便宜性」「経済性」の4つを挙げた。現在の日本の消費税制度をこの原則に照らして検証すると、重大な問題があることは明らかである。
第一に、消費税の「逆進性」は明らかに公平性の原則に反している。所得の低い人ほど負担率が高くなる税制は、私が理想とする「見えざる手」による市場の最適配分を阻害する要因となる。特に現在のような経済格差が拡大している時代には、この問題はより深刻である。
第二に、消費税は「市場メカニズムの歪み」を生み出している。消費者の自由な選択を税制が制約することで、本来あるべき需要と供給のバランスが崩れているのだ。私が重視する「自然価格」の形成が妨げられ、経済全体の効率性が損なわれている。
しかし、私は単純な消費税廃止論者ではない。問題は税率の高さよりも「税制全体の設計」にある。私が提案するのは、消費税率を段階的に引き下げる一方で、土地税や相続税といった「不労所得」への課税を強化することである。
私の分析では、労働や企業活動という「生産的活動」への課税は最小限に抑え、地代や金融所得といった「非生産的所得」により重く課税すべきである。これによって市場の効率性を損なうことなく、必要な税収を確保できるのだ。
現在の日本に必要なのは、「見えざる手」が十分に機能する環境を整えることである。消費税の引き下げと税制全体の再設計によって、真の市場経済を復活させるべきなのだ。
「市場の知恵を信じよ。適切な税制こそが国富増進の基盤となるのである」
渋沢栄一の回答:「道徳経済合一」の精神で段階的改革を



私は生涯を通じて「道徳経済合一」、つまり利益の追求と社会貢献の両立を説いてきた。現在の消費税論争も、この精神に基づいて考える必要があると思う。
まず明確にしておきたいのは、私は単純な減税論者でも増税論者でもないということだ。重要なのは「国民全体の福利」と「持続可能な発展」の両方を実現することである。その観点から現在の状況を分析すると、確かに消費税の負担が国民生活を圧迫していることは否定できない。
私が第一国立銀行を設立した際に重視したのは「信用」の醸成であった。政府の税制に対しても同じことが言える。国民が納得できない税制では、社会全体の信頼関係が損なわれ、かえって経済発展が阻害される。現在の消費税制度は、まさにこの「信用の毀損」を招いているのではないか。
私が提案するのは「段階的で透明性の高い改革」である。まず消費税率を8%に引き下げ、同時に食料品や生活必需品への軽減税率を拡充する。これによって低所得者層の負担を軽減しつつ、経済全体の消費を刺激するのだ。
しかし同時に、将来的な財政健全化の道筋も明確に示す必要がある。私が常々説いてきた「遠謀深慮」の精神で、10年後、20年後の日本を見据えた税制改革を進めるべきである。単年度の収支にとらわれず、持続可能な成長戦略の一環として税制を位置づけるのだ。
私は常に「官民協調」の重要性を説いてきた。税制改革においても、政府が一方的に決めるのではなく、産業界、労働界、消費者代表が参加した「国民会議」のような場で議論を重ね、社会全体のコンセンサスを形成することが不可欠である。
「真の改革は急がば回れ。国民の信頼に基づく税制こそが、日本の未来を切り開くのです」
まとめ
3人の経済思想家の分析から見えてくるのは、消費税引き下げの必要性についてはほぼ一致しているものの、そのアプローチには微妙な違いがあることです。ケインズの「積極的な需要刺激」、アダム・スミスの「市場メカニズム重視」、渋沢栄一の「段階的で持続可能な改革」という3つの視点を統合することで、日本に最適な税制改革の道筋が見えてきます。
歴史の偉人たちの経済哲学に学び、短期的な政治的思惑ではなく、長期的な国民福祉と経済発展を両立させる税制改革を実現することが、現在の日本に求められているのです。